日本の製造業におけるパラダイムシフト【前編】
~「SX・GX」「体験型価値の可視化」「Web3.0」が今までの定説をくつがえす~
【連載】シン・製造業#3

寺嶋 高光 ISIDビジネスコンサルティング代表取締役社長

 

デジタル技術が牽引する第四次産業革命。製造業は今、その真っ只中です。
 第1~2回目は、そんな過渡期の現在、世界における日本の現在地をテーマに、「シン・製造業」へ変革すべき状況にあることをお伝えしました。
そこで今回は、製造業にとって追い風となるパラダイムシフトについてお話しします。前編では、大きく6つあるうちの3つについて解説します。今まで常識だと考えられていたことをくつがえす新しい価値観が変革の追い風になってきています。

日本の製造業における6つのパラダイムシフトとは……

①SXとGX
②データの透明性が重要視される時代
③0の世界
④デジタルツインの世界
⑤デジタル技術のリスキリング
⑥暗黙知の形式知化と共有の潮流

【パラダイムシフト1】
SXとGX

近年グローバル産業界におけるSDGsやESG投資の重要性の高まりから、サステナビリティに対する企業経営者の関心が急激に高まっています。
経産省も、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを同期化し、長期の時間軸の中で、社会課題の解決を経営に取り込むことで企業の稼ぐ力を強化していく「サステナビリティ・トランスフォーメーション」(SX)を2020年に提唱しました。
GX(グリーントランスフォーメーション)は、日本が2050年に向けたカーボンニュートラル目標の実現のための、企業及びそのステークホルダーも含めた経済社会システム全体の変革のことを指します。ここでも経産省は、2022年2月に産官学横断的なGXリーグ基本構想を打ち出しました。
GXを推進するためには、単一の企業努力だけではどうにもなりません。国家、産業界、経済界、私たちの社会に対する価値観全てのスイッチが一斉に押され、ステークホルダー全体で行動を起こす必要があります。
「シン・製造業」は、自社製品の売上・利益にのみフォーカスする企業ではなく、社会課題解決に向けた新たな価値創出を行うことで、社会から高い評価を受ける存在でなければなりません。このSXとGXの高まりは、企業経営層の意識を大きく変えるパラダイムシフトであり、日本製造業が「シン・製造業」へと進化するための追い風になると考えられます。

【パラダイムシフト2】
データの透明性が重要視される時代

第1回目の『今、日本の製造業で何が起きているのか? 現状と直面している課題』の記事でお話ししたように、消費者は、モノの機能的な価値だけでなく、モノを利用するという体験空間全体から得られる新しい体験を期待しており、 お金の使いどころは、この体験価値にシフトしています。
従来の日本製品ブランドは「品質が良い」「壊れない」など良質で機能的な価値を最大の武器として隆盛を誇ってきましたが、これからの製造業ブランドは、社会や人にとって新しく良い価値を提供し続けるという情緒的価値・精神的価値を訴求する考え方に変容しなければなりません。この情緒的価値・精神的価値を提供し続けていく企業こそが「シン・製造業」と呼べるものであり、日本には、この分野において海外企業がすぐには模倣できない価値がたくさんあります。それはたとえば、「安心」、「清潔」、「温かさ」や「粋」など、数値として表しづらく「目に見えにくいもの」あるいは「見える化しにくいもの」です。これからのデジタル社会では、IoT技術やブロックチェーン技術などにより、空間や体験価値もデータとして可視化されるようになり、これが国内外にわたって信頼性と透明性を伴って可視化されれば、日本の製造業のブランドは大きく変わって行きます。

ここで、日本ならではの価値がデータとして可視化されるこれからの可能性の例を1つあげます。
クルマの自動運転に日本的な「譲り合い」という概念を組み込むことができたらどうなるでしょうか。交通のあらゆる場面で自動運転車が「譲り合う」行動をとり、それにより欧米や中国の企業が開発した自動運転プログラムより、事故の発生が少ない、あるいは、ドライバーのストレスが軽減されるという事実をデータとして示すこととができれば、自動運転プログラムにおける「譲り合い」という日本的な価値を世界が認めることになるかもしれません。

体験型価値がデータとして可視化される技術の進歩によって、「シン・製造業」として、新しい価値空間をどんどん生み出して発信することができるようになり、その価値を改めて認知してもらえるようにもなります。そして、これらの価値空間に関して、ユーザーからの信頼を得続けることができれば、そのコミュニティは拡大していき、「シン・製造業」のネットワークはとても強固なものになっていきます。

【パラダイムシフト3】
Web2.0→Web3.0で一人ひとりの価値空間の創造を実現へ

Web3.0とは、ブロックチェーン技術などによって構築される「分散型Web」を指す言葉です。2021年から注目度が急速に上がり、「次世代のインターネット」と呼ばれています。
現在のWeb2.0の世界では、GAFAを始めとする一部の巨大IT企業が、インターネットやSNSを中央集権的に管理しています。結果として巨大IT企業に個人情報を握られるため、プライバシーやセキュリティ上のリスクと無縁でいることはできませんでした。これら様々な課題を解決するのがWeb3.0の技術です。Web3.0の世界では、仮想通貨を利用した取引を行うことにより、どこかの中央集権的なサーバーにアカウントを作成するといった、個人情報を他人の手に委ねる運用は不要になります。またブロックチェーン技術の採用によりデータの改ざんが行われにくい構造となります。
仮想通貨の世界では、NFT(Not Fungible Token)という代替不可能なデジタルデータが注目されています。その利用方法としては、デジタル上で購入したコンサートチケットなどが一例として挙げられます。例えば、Aさんがデジタル上で購入したコンサートチケット(日付、場所、座席も決まっている)とBさんが購入したコンサートチケットは、デジタル上でも交換ができない固有のモノとして取り扱われ、偽造も困難です。
他にも、DAO(Decentralized Autonomous Organization)と呼ばれるデジタル上の分散型自立組織も注目されています。

このWeb3.0の世界がなぜ「シン・製造業」の追い風になるのか? 2つにスポットをあてて解説します。
一つは、「シン・製造業」が生み出す新しい価値空間が、デジタルとリアルを融合した総合空間であることがポイントになります。
例えば、クルマの車内。ドライバーは、運転操作、カーオーディオやインフォテインメントの操作、各種ボタンの配置、シートの座り心地、遮音性など、車内であらゆる使用感を味わいます。「シン・製造業」が目指す世界では、このようなリアル空間の事象を、仮想空間にデジタルで再現する仕組みを構築した上で、いかなる価値空間を提供すべきであるかを考える必要があります。
この価値空間は、GAFAのような一部の巨大IT企業に中央集権的に管理される空間ではありません。参加者一人ひとりが公平に意思決定に参加できる空間であることが望ましく、この世界は「シン・製造業」が目指す社会課題の解決や人のためになる活動の場として相性がよいのです。

もう一つは、「シン・製造業」が生み出す新しい価値は、企業から消費者へ一方通行のものではなく、双方向に交換され、育まれて行くものであり、これを実現するためにはWeb3.0の技術が適しているということになります。Web2.0の世界では、企業は自社のブランド価値を発信するために、主にTVやインターネット、SNSヘ、広告費用をかけて発信しています。Web3.0の世界が広がれば、企業ブランドの訴求は、価値空間に属する一人ひとりを対象にした、仮想通貨を用いたインセンティブ、NFT技術などを用いた投資に変わっていくものと予想されます。これは、企業と消費者の間での価値認知が、期間コスト的な広告費でのつながりではなく、中長期的な価値創出、拡大を目的とした投資行為によるつながりに変化して行くことを意味しています。
ただ、現段階では、ユーザー側の知識やリテラシー面、インフラ面、法制度面などまだ課題が多く残っているため、一度に切り替わることはないでしょう。しかし、今後急速に拡大していくことは間違いないものと思われます。気がついたらWeb3.0の世界があたりまえのものになっていたという事態もありえます。

ここまで述べてきた3つのパラダイムシフトは、特に企業経営層の理解が大事になると同時に「シン・製造業」のコーポレート戦略本部のミッションの土台に関わる話でもあります。
そして次回は、「シン・製造業」が行うシン事業の競争エンジンそのものといえる「デジタルツインの世界」「デジタル技術のリスキリング」「暗黙知の形式地化と共有の潮流」の3つについてお話しします。

  • 当社代表の著書『シン・製造業 製造業が迎える6つのパラダイムシフト』の購入はこちら新しいウィンドウで開きます
  • 記載情報は執筆当時(2023年1月)におけるものです。予めご了承ください。
  • 株式会社ISIDビジネスコンサルティングは2024年1月1日に株式会社電通総研へ統合いたしました。

お問い合わせ先

●製品・サービス・リリースに関するお問い合わせ先
TEL : 03-6713-5555
MAIL : webinfo@group.dentsusoken.com
ADDRESS : 〒108-0075 東京都港区港南2-17-1

スペシャルコンテンツ