日本の製造業におけるパラダイムシフト【後編】
~新規事業創出を加速する「デジタルツイン」「リスキリング」「暗黙知の形式知化」~
【連載】シン・製造業#4

寺嶋 高光 ISIDビジネスコンサルティング代表取締役社長

 

この連載では、新しい形の製造業を「シン・製造業」と定義し、そこにアプローチするための手法を考察、実践するためのヒントを説いていきます。

前回の『日本の製造業におけるパラダイムシフト 前編』に引き続き、第4回目の今回も、日本の製造業の変革にとって追い風となるパラダイムシフトについてお話しします。

前編では、企業の経営、主にミッションに関わるパラダイムシフトについて解説しました。後編の今回は、「シン・製造業」が行う事業の競争エンジンそのものといえる3つのパラダイムシフトについて解説します。

日本の製造業における6つのパラダイムシフトとは……

①SXとGX
②データの透明性が重要視される時代
③0の世界
④デジタルツインの世界
⑤デジタル技術のリスキリング
⑥暗黙知の形式知化と共有の潮流

【パラダイムシフト4】
デジタルツインの世界

デジタルツインとは、リアル空間の事象や情報をデジタルデータとして取得し、デジタル空間上に同じ世界を再現することを指します。それにより、リアル空間で何かを実行する前に、デジタル空間上で事前に各種シミュレーションを行うことができるようにした仕組みのことをいいます。

デジタルツインの仕組みにおいて、デジタル空間上に双子のように再現するものは、製品を製造する工場そのものであったり、製品そのものであったり、製品が利用される社会であったりします。工場であれば、大きなライン変更や設備移動を伴う変更を事前にデジタル空間で検証できるため、失敗を未然に防ぐ、工期・工数・費用の大幅な削減を可能にします。製品であれば、多くの試作品を製造してリアルなテストを行わなくても、デジタル空間上で設計品質、製造品質の事前検証を可能とします。社会のデジタルツインであれば、人の行動変容やコミュニティの成長メカニズムなどを事前にシミュレーションすることができます。

このように、デジタルツインは、バリューチェーンの様々な領域において、リソースを大幅に削減しながら、変化に対して強い仕組みを構築することができます。
従来は、デジタルツイン環境を作ることに多大なコストと時間を要していましたが、昨今は、IoT技術の進化や、映像や画像をデジタル化する技術の高度化、シミュレーション技術やAIの汎用化などにより、必要な領域に必要とされる分だけ、手軽に製作することが可能になってきました。

では「シン・製造業」にデジタルツインはなぜ必要なのでしょうか?

「シン・製造業」が求める新たな価値空間の創出を行うためには、リソース拠出を必要とします。そのためには、既存事業のバリューチェーンのスリム化と強靭化によるリソースの最適配置が求められます。これを実行する基盤として、デジタルツイン環境が必要不可欠なのです。

【パラダイムシフト5】
注目され始めているデジタル技術のリスキリング

DXを推進する企業が増えるとともに、必然的にリスキリングにも注目が集まっています。新たなスキルを身につける工程を経ることで、「シン・製造業」においては、さらなる業務の効率化や新しいアイデア・価値の創出につながる可能性を秘めています。このリスキリングが、社内に新しい風を吹かせるきっかけになるかもしれません。
以下に、リスキリングが必要になる背景をお話しします。

カーナビの地図が現実の地名、道路と乖離が大きくなったら、正しいナビゲーションが行えなくなることと同じ様に、リアル空間の変化が、デジタル空間と正しく同期され続けないとデジタルツインの維持ができなくなります。
製造業の事業環境は、地図よりさらに高速かつドラスティックに変化を続けているため、デジタルツインの維持は大変重要な要素になります。

リアル空間の映像や写真からデジタル空間を造り出す技術は知られていますが、これは主に外観や寸法、位置の様なものの再現に限定されます。
価値空間のシミュレーションを行うために必要な、デジタル上に再現するコンテンツの意味や属性情報は、その技術では賄えません。デジタル上のモデルとして新たに設計をする必要があります。
社会の構造(人、建物、道路など)や、製品の構造(外観・内観)、工場の構造(ライン、設備、人、搬送機など)、これら各々がどのような仕様であるのか、また変化が発生する場合の状態遷移モデル、パフォーマンスを評価するための数値モデルもデジタル空間のコンテンツに組み込みます。
そして、社会の構造に変化が見込まれる時、新製品を開発しようとする時、工場のラインや設備を新しくしようとする時など、まずはデジタル空間上のモデルでシミュレーションを行うことによって、事前に適切な判断が行えるようになります。

このため、デジタル空間上のモデルを定常的に更新し続けて行く業務、スキルこそが、事業本部の中において優先されるべき、非常に付加価値の高い業務になります。

それと同時に、モデルの維持、更新と同じレベルで大事なものは、デジタル空間上で判断するためのナレッジと情報を処理するスキルです。それは、当該モデル上で行うシミュレーション時に発生する様々な事象が、どのような意味を持つものなのかを判断するスキルといえます。
「シン・製造業」となるためには、人的リソースの領域で明らかにこの知識とスキルが不足することが分かっています。

現在、経産省は、これら知識とスキルのリスキリングを行うための、デジタル人材育成プログラムを多く用意しており、活用促進が望まれています。

参考サイト:
経済産業省 第四次産業革命スキル習得講座認定制度新しいウィンドウで開きます
マナパス~社会人の大学等での学びを応援するサイト~新しいウィンドウで開きます

【パラダイムシフト6】
暗黙知の形式知化と、新たなアイデアを生み出し続ける「共育」の概念

リアルの世界では、自社製品における市場の構造に変化が起きていることをベテランのマーケターが察知をし、様々な分析、予測を行います。
新製品の品質であれば、ベテランの設計者や生産技術者が、日常的に発生する様々な品質上の事象に対して、現象の把握、分析、予測を行っています。

「シン・製造業」の世界は、人間では処理し切れない爆発的に増加するデータをデジタルテクノロジーで素早く分析するようになります。ただし、汎用化されたデジタルテクノロジーの世界では、競合企業も同じような分析を行うことができるため、強み領域の均一化、同質化が起こり、独自性がなくなることを意味します。

このような「シン・製造業」の世界で、強みとして追求すべきは、デジタル空間上で機能させるベテラン技術者固有のナレッジとスキルです。

ベテラン技術者は、ある事象が発生した際に、過去の経験に基づき、その事象に対処するための様々な知識とスキルを引き出す能力に長けています。しかし、ベテラン技術者は、何もトリガーのない状態から、頭の中に入っている知識とスキル全てを吐き出す作業を多くの場合好みません。
ナレッジとスキルのデジタル化が困難な一因でもあります。ナレッジとスキルのデジタル化が進まない状態が放置され、ベテラン技術者が定年退職すると、その知識やスキルも同時に失われてしまいます。
したがって、ベテランの方の暗黙知を形式知化してデジタル空間に格納するためのプログラムが必要です。体系的な問いかけから、暗黙知を効果的に引き出し、形式知のモデルを形成した上で、AIに学習をさせていくプロセスが重要になります。
このような取組みは、各企業で盛んに行われ始めています。さらには、「シン・製造業」が生み出す価値空間が増えて、それぞれが繋がっている世界が訪れます。その世界の中では、一つの専門知識、スキルだけではなく、複数の専門知識、スキルが必要になります。
この世界は、誰かが誰かに何かを教えるという一方通行の関係性ではなく、お互いが持つ新しい専門知識、スキルを持ち寄り、そこからまた新たな価値を創出し続ける、共育という概念の事業基盤となり、現在注目されています。

ここまで述べた「デジタルツイン」、「デジタル技術のリスキリング」、「暗黙知の形式知化と共育の潮流」の3つのパラダイムシフトは、「シン・製造業」が行う事業の競争エンジンを構築するために極めて大事な要素になります。
事業本部における付加価値の高い業務は、これらの領域に集中していくと同時に、新たに産み出されたリソースから新たな価値を産み出す新規事業創出が加速される形になります。

第3~4回目は、日本の製造業が「シン・製造業」に変革するために追い風となる6つのパラダイムシフトについて見てきました。
製造業では、変革に取り組んではいるけれどうまく行かない、途中で止まってしまったというケースが少なくありません。業種、業態によっても抱える課題は異なっています。次回からは、いよいよ、実際に「シン・製造業」に変革するための手法についてお話ししていきます。

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  • 記載情報は執筆当時(2023年7月)におけるものです。予めご了承ください。
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