コーポレート戦略 シン・製造業への変革に向けた取り組み第5回【連載】シン・製造業#5

寺嶋 高光 ISIDビジネスコンサルティング代表取締役社長

 

この連載では、新しい形の製造業を「シン・製造業」と定義し、そこにアプローチするための手法を考察、実践するためのヒントを説いていきます。

第1~4回目までは、かつてはナンバーワンと言われたモノづくり大国日本の世界における現在地や、日本の製造業が直面している経営課題、製造業の変革にとって追い風となるパラダイムシフトについてお話ししてきました。
第5回目からは、実際に「シン・製造業」に変革するための実践方法を解説します。
アプローチは、「コーポレート戦略」「バリューチェーン戦略」「新規事業戦略」「DX戦略」の4つ。「シン・製造業」への道のりには、組織の変革、経営陣や社員の意識改革、サプライチェーンやアセットの見直しといった様々な課題が待ち受けています。

今回は、「短期的な業績目標だけでなく、社会や人のためになる中期目標を掲げ、透明性を持って意思決定を行える企業」になるための「コーポレート戦略」についてお話しします。

日本を元気づけることが出来る「シン・製造業」4つの要素をおさらい

①短期的な業績目標だけでなく、社会や人のためになる中期目標を掲げ、透明性を持って意思決定を行える企業
②自社の強みをベースにコアとノンコアを見極め、事業環境に応じてバリューチェーンを再構築し続けれる企業
③UXをベースにして社会にとって新しい価値の創出、提供をし続けられる企業
④デジタルテクノロジーを活用し、DXし続けられる企業

非財務情報の開示にチャンスがある

変革を遂げ、日本を活気づけることができる「シン・製造業」と位置づけられる企業は上記のような4つの要素に分解されると第1回目の記事でお伝えしました。4つのうちの、①のような企業になるためには、社会や人のためとなる新しく生み出す価値を非財務情報として可視化、指標化し、この指標に基づき意思決定を行う組織に変革する必要があります。

社外に開示する指標の一つに「財務諸表」があります。「財務諸表」とは、企業としての事業活動を開示し、ステイクホルダーがそれを評価するための役割を担っています。しかし、財務諸表だけでは、「社会や人のためになる」様々な活動の成果や目標を企業価値として反映することはできません。例えば、環境問題の解決を目指すカーボンニュートラルへの対応やフードロスを解決しようとする取り組みなどは、現行の財務諸表で十分な情報を開示することはできません。そこで、透明性を伴った非財務情報の開示は、新たな日本企業のブランド「シン・製造業」構築の大きなチャンスになりうると考えます。

すでに電通グループでは、新しい経営設計図として、財務諸表では評価することが難しい価値を客観的に可視化するための「統合諸表」という枠組みを提唱しています。 「統合諸表」とは、既存の財務諸表に加えて「環境」「社会」「社員」という3つの新たな指標を非財務項目として定義し、新しい意思決定項目として導入していくことを推奨しています。

非財務項目の例

「環境」=カーボンニュートラルやゼロエミッション
「社会」=人口減少に対する対策、健康寿命延長、フードロス対策や豊かさの醸成
「社員」=多様性、包摂性、生き生きとした働き方などに関する目標のこと

従前よりESG(Environment Social Governance)やSDGs(Sustainable Development Goals)に対する意識の高まりを受け、企業の中で、財務諸表では測れない価値の指標化は盛んに行われてきました。
国際会計基準審議会が策定したIFRS、Global Reporting InitiativeのGRIスタンダードや、国際統合報告評議会のIIRCフレームワーク、日本でも経産省において2018年に「価値競争ガイダンス」を公開し、現在は「非財務情報の開示指針研究会」を設置し、基準づくりに向けた取り組みを進めています。

自社の存在意義はどこにあって、どのような目標を打ち立て、どのように情報を開示すべきか?  これらを確立する仕組みを整えることが、「社会や人のためになる中期目標を掲げ、透明性を持って意思決定を行える企業」を実現するための「コーポレート戦略」の第一歩です。
GRIスタンダードのような基準に則った上で、企業が大切にしたい価値や目標を非財務情報という形態で世界に向けてアピールすることが大切なのです。

非財務情報の中には、他国の企業が容易に模倣できない日本企業特有の日本カルチャーに起因するものがあります。「安心・安全」「清潔」もそうですし、「もったいない文化」「おもてなし文化」から来るサービスの丁寧さや温かさなどもそうです。日本ならではの独自性や優位性を発揮できる指標における、透明性を持った非財務情報の開示は、新たな日本企業ブランド「シン・製造業」構築の大きなチャンスとなり得ると考えます。

変革するための5つの活動ステップ

ここから変革を遂げるための、具体的な5つの活動手順を簡潔に説明します。

(1)変革のための組織的な動機形成
組織を変えるためには、数字をベースに社内外で起きている事象について議論し整理する必要があります。内外の環境が、企業の現状あるいは将来的にどのような影響を与えるかを把握し、予測するためのPEST分析、マーケティング環境を把握するための3C分析やSWOT分析を毎年更新し、経営層の中で価値観を共有します。そのうえで、未来に対しての危機意識を共有します。

(2)パーパス、ビジョン、バリューの明文化
経営層によるグループワーク、合宿等にて、アイデアの発散と収束を繰り返すことがパーパス、ビジョン、バリューを再設計し明文化する一般的な手法になります。新たなアイデアを増やし、その中から新しい解決策を選択することを目的とします。

(3)目標指標設計と透明性担保の仕組み構築
(2)のコンセプトに基づき、各活動評価指標をKPIツリー図のような形で設計し、それぞれの指標の計算式、データの抽出方法、目標値、閾値などを決定します。そして、いかにこの値の透明性を担保できるのかを検討します。これらの指標の非財務項目は、世界基準が存在するものの、日本国内ではいまだに計算方法が確立されていないため、試行錯誤が発生すると予想されます。

(4)意思決定プロセス設計と社員の行動・育成指針の設計
非財務項目を達成するためには、一度に複数の新たな価値観や専門性が必要なケースが多く、上意下達的な意思決定が適さないシーンが多く発生します。「一人ひとりのWillが尊重されること」「一人ひとりに権限、責任があること」などが担保され、個人の目標設定、育成、評価制度にもこれらが反映されるような組織に変えていく必要があります。

(5)インナーブランディングとアウターブランディング
(1)~(4)までの行為を社内外に発信、理解、浸透させていくためのブランディングが必要になってきます。
ここでは、ブランドの育成や醸成をCM・宣伝・広告の様な経費として捉えずに、未来のお客様や未来の社員のための投資と位置付けることが大切です。

以上、「短期的な企業業績目標だけでなく、社会や人の為になる中期目標を掲げ、透明性を持って意思決定を行える企業」を実現する為の流れを提示しました。
これらの要素は主に、企業の中のコーポレート本部が主体となって、考え、活動していただきたいことです。
次回のテーマでは、「自社の強みをベースにコアとノンコアを見極め、事業環境に応じてバリューチェーンを再構築し続けれる企業」について解説します。

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  • ※記載情報は執筆当時(2023年6月)におけるものです。予めご了承ください。
  • 株式会社ISIDビジネスコンサルティングは2024年1月1日に株式会社電通総研へ統合いたしました。

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