DX戦略 シン・製造業への変革に向けた取り組み第8回【連載】シン・製造業#8

寺嶋 高光 ISIDビジネスコンサルティング代表取締役社長

 

この連載では、新しい形の製造業を「シン・製造業」と定義し、そこにアプローチするための手法を考察、実践するためのヒントを説いていきます。

これまで、第5~7回で、「シン・製造業」に変革するための「コーポレート戦略」「バリューチェーン戦略」「新規事業戦略」についてお話ししてきました。今回解説するのは、これら3つを持続的に実施するために必要な「DX戦略」、最後の要素です。

【日本を元気づけることが出来る「シン・製造業」 4つの要素をおさらい】

(1)短期的な業績目標だけでなく、社会や人のためになる中期目標を掲げ、透明性を持って意思決定を行える企業
(2)自社の強みをベースにコアとノンコアを見極め、事業環境に応じてバリューチェーンを再構築し続けれる企業
(3)UXをベースにして社会にとって新しい価値の創出、提供をし続けられる企業
(4)デジタルテクノロジーを活用し、DXし続けられる企業

DXをどのように捉え、デジタルテクノロジーに活用していけば良いのか?

DXというフレーズは世の中ではバズワードになっていますが、デジタルというツールは、依然として業務効率化のための道具と捉えられていることが多く、これまでお話ししてきた「コーポレート戦略」「バリューチェーン戦略」「新規事業戦略」を行うための変革の道具であるという認知が未だに弱いように感じています。
「業務プロセスの効率化」という部分最適な視点でデジタルを見てしまうことが多いためと考えられますが、昨今ではCDO (Chief Digital Officer) のような役職を置き、全社経営視点でデジタルを見る形に変える企業が増えています。

それでは「シン・製造業」はDXをどのように捉えて、どのようにデジタルテクノロジーを活用していけば良いのか、説明をしたいと思います。ガートナーも定義していますが、DX の要素は以下の図のように5つに分けて考えられます。DXの要素というのは、換言すれば、デジタルテクノロジーが浸透する領域を分類したものだとご理解ください。

5つの要素はそれぞれ次のことを意味しています。

・社会システム:インターネット、パブリッククラウド、 都市OS
・企業内IT:取引の実行・記録・可視化、エビデンス、トレーサビリティ
・製品・サービス:価値提供媒体、機能
・顧客:消費者、利用者、価値を享受する人
・インテリジェンス・人:データアナリティクス、プランニング

従来型の製造業は、「企業内IT」と「製品・サービス」といったデジタル領域に対して投資をしてきました。ところが、その領域は、次に示す図のような GoogleやAmazon といった海外のプラットフォームからの浸食を受けています。
これはすなわち、 Google、Amazonが、インターネットのような社会システムを起点に、浸食領域を面で広げていることに対し、点で防戦している感が否めません。

「インテリジェンス・人」を最適化して構築し、面を広げる

「面」は特定の価値でつながったコミュニティであり、空間であり、新たに創り出す「小さな世界」でもあります。特徴は「インテリジェンス・人」が「顧客」「製品・海外サービス」「企業内IT」を繋ぐということになります。

「インテリジェンス・人」の中に保持する機能は多岐に渡りますが、特定の価値でつながるコミュニティを円滑に運営するため、そして、持続的に成長させていくために最適化させる必要があります。

最適化とは、以下のようなことです。

・マーケティングインテリジェンス→市場分析・予測、消費者体験・行動分析・予測等
・エンジニアリングインテリジェンス→提供価値に対する製品・サービス機能品質検証、消費者体験・行動に基づく感性検証等
・マニュファクチャリングインテリジェンス→提供価値に対する製品・サービス製造品質・生産性検証・アフターサービス等
・自然資本インテリジェンス→CO2排出量分析、廃棄物・リサイクル分析等
・人的資本インテリジェンス→スキル向上、働きやすさ、モチベーション分析等
・社会資本インテリジェンス→地域活性、産業、教育、暮らし分析等

例えば、マーケティングインテリジェンスの中身について、事例を挙げましょう。

クルマの免許を返納した高齢者に、免許の要らない安全な低速モビリティを提供するビジネスを妄想したとします。
「製品・サービス」として新たなモビリティを製造し、免許返納者という「顧客」に販売するというだけのモデルでは、この項目で説明する「面」を形成することにはなりません。「面」を形成するためには、「インテリジェンス・人」の中で、どの地域にどのくらいの免許返納者(予備軍)が存在し、その人々およびその家族は日常的にどのようなくらしをしているのか、そして、新しいモビリティが手元にあった場合に、どのような目的、タイミング、頻度で、どのように活用するのか、このようなことを捕捉し、分析し、予測をする機能を構築することが大事になります。

このようなデジタル的な機能をマーケティングインテリジェンスと呼びます。
こういった分析を行うための情報は、従来、現地で暮らす人々や潜在顧客へのグループインタビューや、デプスインタビューを実施することで、得ていました。
昨今ではこれらに加えて、様々な統計データを基にしたクラスタリング技術(ある志向性や行動特性をもった集団の分類)、 状態遷移モデリング技術(志向や行動の変化の構造化)、ニューラル言語モデル(発生・連鎖する単語などの予測)など、AI テクノロジーの飛躍的進化により、市場の動きや人の考え、行動を科学的に捉えることができるようになって来ています。
このようにして取得した情報を「企業内IT」の中に格納し、「顧客」に新たな価値として訴求し、サービス提供していくことこそが「面」の形成といえます。

次に、エンジニアリングインテリジェンスの事例を挙げます。
エンジニアリングインテリジェンスとは、ユーザーの価値体験の分析による「製品・サービス」の開発、更新を行う機能です。たとえばクルマであれば、乗り心地や使い心地をユーザーの脳波やバイタル (心拍、呼吸、血圧、体温など)、目の動きや発声される言葉などから、人の感性を時系列定量的に捕捉し、クルマの走行データ、稼働データ、外部環境データなどと掛け合わせて、どのようなシチュエーションでどのような感性が発生したのかといったことを分析します。
それにより、より安心、快適な環境にするためには「製品・サービス」のどの部分に改良を加えていけばいいのか、このようなことも検討ができる様になって来ています。

ここで挙げた2つの事例以外のマニュファクチャリング、自然資本、人的資本、社会資本も含め、全てのインテリジェンス構築において大事なことは、データを構造化・設計・分析するための専用のモデルとアルゴリズムを持つこと、人間が持っている暗黙知の形式知化、IoTやクラウド、AIなどのデータ収集・格納・分析テクノロジーを保持することに集約されます。

マーケティングでは、市場構造や人の購買行動モデル、エンジニアリングでは、製品・サービス機能モデルと感性定量化モデル、マニュファクチャリングでは製品保証モデルやアフターサービスモデルなどを持つことが求められます。
また、自然資本では、たとえばCO2排出量モデル、人的資本であれば社員の教育・成長モデル、社会資本であれば地域の人流モデルなどがあげられます。これらのモデルを、日本的文化や地域特性を踏まえ、企業の存在意義や強みに則った形で、情報プラットフォームとして構築することが、 Google、Amazon、中国企業などが簡単には侵食が出来ない「シン・製造業」としての新たな価値、強みとなる「小さな世界」の構築につながると考えています。

DXを武器に「小さな世界」=「新しいUXを提供する世界」を創出していく

「小さな世界」はブロックチェーン技術などにより、容易に接続が行える窓口を持っておくことが望ましいと考えます。自社だけではなく、他社も参加し共に価値提供を行うことで、その世界がより豊かに、かつオープンな状態になるようにすることが大切です。「小さな世界」に接続をすることで仲間を増やしていくイメージです。「小さな世界」は、経済合理性曲線の外側に作っていくため、1つの存在だけではマネタイズに向けたスケールアウトや経済的な新価値提供が簡単ではありません。
先ほど、事例として免許返納者の新たなモビリティ世界を紹介しましたが、「シン・製造業」はこのような世界をどんどん数多く生み出していき、上の図のようにつなげていくことが重要になります。

「小さな世界」は、新しいUXを提供する世界のことです。例えば、免許返納者に免許が不要な新しいクルマを提供することであったり、個人やその人の状態に合わせて完全にパーソナライズされた化粧品を販売することであったり、海の中や魚の動きが見える新しい釣り体験など、無限のアイデアと価値が創造される場になります。

TOYOTAが富士山麓で開発している「ウーブン・シティ」は、このような小さな世界の集合体だと考えられますし、ソニーがホンダと提携し進めている新しいモビリティにおいても、これまでのクルマにはない価値提供があるはずです。
2025年の大阪万博に向けては、いわゆる空飛ぶクルマ(電動垂直離着陸機eVTOL (electric vertical take off and landing)) のお披露目が、目玉の一つになるといわれていますが、これも全く新しいUXになるだろうと思います。

この記事で言いたかったことは、DXの5つの要素である、「顧客」「製品・サービス」「インテリジェンス・人」「企業内IT」「社会システム」がデジタルデータでつながり、「インテリジェンス・人」を中心とした面を形成していくこと、これが「シン・製造業」を競合企業から守り、持続可能にしていく仕掛けになるということです。

そして「インテリジェンス・人」を構築するためには、データを構造化・設計・分析するための専用のモデルとアルゴリズムを持つこと、人間が持っている暗黙知の形式知化、IoTやクラウド、AIなどのデータ収集・格納・分析テクノロジーを保持することになります。

第5~8回目にわたりこの連載の肝となる部分、どのようなアプローチで「シン・製造業」に変わっていくのかを4つの戦略に分解してお話して来ました。
繰り返しになりますが、製造業が変わるべきなのは以下の通りです。

①短期的な企業業績目標だけでなく、社会や人のためになる中期目標を掲げ、透明性を持って意思決定を行える企業
②自社の強みをベースにコアとノンコアを見極め、事業環境に応じてバリューチェーンを再構築し続けられる企業
③UXをベースにして社会にとって新しい価値の創出、提供をし続けられる企業
④デジタルテクノロジーを活用し、DXし続けられる企業

次回からは、この連載の最終章「シン・製造業時代の働き方」についてお話ししたいと思います。

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  • 記載情報は執筆当時(2023年6月)におけるものです。予めご了承ください。
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